予備校の歴史(近代):予備校選びの知識

予備校の歴史(近代)

戦後に入り、朝鮮戦争から始まる一連の高度経済成長によって、日本人の経済状況は劇的に変化したといわれています。この経済状況の変化は、日本人のお金の使い方を大きく変えました。

つまり、それまではとてもお金を出す余裕のないといわれていた分野に使うことができるようになったわけです。この分野の中には、教育費も含まれています。
つまり、自分の子供にはよりよい教育をということで、進学熱が一気に高まりました。このため、大学の受験生が増加し、そして競争が激しくなったのです。

激化する競争に勝つためには、受験に関する情報をより多く持っていることが有利になってきます。そこで、受験のエキスパートである予備校の人気が高まってきたのです。ですから、予備校業界が拡大したのは、教育熱が高まったときには約束されていたといえるかもしれません。

さらに、競争が激しくなると、大学に合格する人も増えますが、同時に大学に入学することのできない人も増えます。後者は浪人となって、再び翌年に受験することになります。
ですから、予備校に通う人は増加することになります。また、こういった教育熱の高まりが結果として、世の風潮にも変化が見られてくることになります。
浪人というと、かつては肩身の狭い思いをしていました。やはり、受験に失敗したという事実があるためです。ところが、浪人生が増加したため、世間の見る目が変わってきたのです。

浪人になるということは、誰もが通過することで、1年や2年、浪人しても、その人の名誉が傷つけられるということがなくなったのです。
むしろ「浪人」を訓読みして「ひとなみ→人並み」というようなジョークがあったくらいです。このように、予備校はそれまでの浪人に対するイメージまでもがらりと変えてしまったのです。

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